43歳、こじらせました

お恥ずかしい話ですが
43歳にもなって時折こじらせます・・・
こじらせると言っても誰かに対して「私の事好きじゃないのね・・・」
とかではなくて、過去の自分自身と現在の自分自身との差からくる嫌悪感に対して
「こじらせ」が発動します

昔の友人には正直会いたくない…会わす顔がないと思う程、とんでもなくひどい人間でした
それでも切れ間なく続いていた友人とは今でも交流はありますが、実は内心ドキドキしています

小学生の時に2回、中学生で4回の転校を経験しました
今思えばその土地その土地できちんと人を大事にして、まめな性格なら、きっと今も
あちこちに友達がいたんだろうなと思います
その時々で「楽しければいい」とその場しのぎな生き方をしていた10代~20代前半…
もう本当みんなの中の私の記憶と共に私自身も消え去りたい…

よく「親ガチャ」とか「親の躾」とか言うけど、うちの両親はどちらも裕福な家庭で育っては
いないけどとても大事に私を育ててくれました
「思いやりや感謝」「きれいなものを見てきれいと思う心」「協調性やコミュニケーション」
ごくごく一般的なことだけど、きちんと教えてくれてました

なぜか家族で私だけが欠陥だらけでした
自虐的とか卑下しているわけでもなくて、本当に人として欠陥だらけでした
優しさとかなかったし、空を見上げて満天の星を見ても何も感じなかった

それでもそれが異常だと言う事には気付かづ過ごしていた10代~20代前半


その頃に親切にしてくれてた人たちの顔が今になってブワーーーーっと浮かんできて
でももう連絡を取るすべもなくて…ふとその頃の事を思い出すとこうやってこじれ期が到来する訳です

私の名前は漢字で書くと「恵」と書きます
もう字のごとくどこに転職してもどこに引っ越しても本当に人に「恵」まれてた
出会う人出会う人みんないい人で、よく人にそう話すと「それはめぐがいいひとだからだよ。」
と言ってくれたりするんだけど本当にそんな事はなくて、本当にありがたいことに周りに恵まれて
救われてきた

私が若い頃もそうだし、子供を生んで、育てて、子供達が大きくなってからもそれは続いてる

恩返しをしたいけど何を返していいのかわからなくて
感謝をしているけど何度言っても足りなくて
私もこんな風に誰かに寄り添いたいとか誰かが困っていたら何も聞かずに
手を差し伸べられる人になりたいと思う

年に数回過去の自分を思い返して嫌な気持ちになってこじらせたりもするけど
成長痛みたいなものだと思う事にした

こじらせるという事は今の自分が過去の自分を乗り越えていく、大きく成長するから
こじれるんであってこのこじらせは実は悪いものではないんだと…

そう思わなきゃやってられないってのもあるけどWWW

とにかく私は少しづつ大嫌いな自分の時代に優しく手を差し伸べてくれていた人たちに
今更ながら感謝をしているし、恩返しがしたい
感謝ではなくごめんなさいを伝えなきゃいけない人も沢山いるし…

いまここに居られることに
いま健康で暮らせていることに
いま家族みんなで笑っていられることに

ありがとう

少しづつ返していけたらいいな

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